無期雇用派遣という言葉を聞いたことがありますか?
「安定した働き方ができるように」と導入された制度。
けれど、現場で実際にその“安定”を体験している私たちは、
それが必ずしも「希望」とは呼べない現実を知っています。
朝、目を覚ますたびに思う。
「ああ、また同じ一日が始まるのか」と。
私はDTPオペレーターとして働いている。
もう15年以上、同じ職場に派遣されている。
派遣先の会社が求人に表示していた時給は1,500円ほどだった。
派遣会社の営業担当が「この人はInDesignのプロです」と、少し大げさに言ってくれて、
1,640円で採用が決まった。
実際の私は、前の職場でInDesignを少し触ったことがある程度の“下っ端”だった。
でも、その営業さんの一言がきっかけで、なんとか仕事に就けた。
必死に勉強した。InDesignの本を買い漁って丸々覚えた。そこでの仕事を覚えるうちに、修正や入稿だけでなく、編集やリライトも任されるようになった。
そのことを営業に伝えると、「それなら編集職の要素もある」と言われ、
1,690円ほどまで上げてもらえた。
それが2013年頃のこと。
そこからは、10年以上かけて、ほんの数十円ずつ上がって今の1,790円。
上がらない理由も、評価の仕組みも、誰にもわからない。
ただ、じりじりと、気づけば十年以上が過ぎていた。
「技術職」で働いているのに、待遇は「事務職」扱い
最近、別の派遣会社の営業担当から聞かされた。
同じDTPオペレーターの仕事でも、他社では技術職扱いで時給は1,900円〜2,300円が相場だという。
私は驚いた。
今の派遣先では、私の職種は“事務職”として扱われている。
つまり、DTPソフトを使いこなし、開発部門から来る原稿を修正・リライト(テクニカルライティングの資格も持っている)し、入稿データを整えるという専門的な仕事をしていても、制度上は一般事務と同じ枠。
だから派遣料金を抑えられ、昇給もほとんどない。
最初に「安定した雇用形態です」と説明された“無期雇用”は、
実際には「低賃金で囲い込むための安定」だった。
三年ルールがあったころは「頑張れば直接雇用のチャンスがある」と信じていたが、
無期雇用化によってその道は完全に閉ざされた。
同じ仕事をしても、見えない壁
同じ部署に派遣社員が3人いる。
私を含めて2人は同じ派遣会社、もう1人は別の会社。
お互いの時給は知らない。
聞くこともできない。
この沈黙こそが、派遣という仕組みの中にある不平等の象徴だと思う。
同じ仕事をしていても、派遣会社が違えば評価も昇給の基準も違う。
派遣先の企業は、派遣法に触れないように正社員と派遣を明確に線引きしている。
正社員には目標設定や評価シートがあるが、私たち派遣にはない。
でも、実際の仕事は一緒だ。
むしろ派遣社員の方が、よく勉強し、スキルを磨き、責任を背負っていることもある。
それでも、成果は「チームの成果」として処理される。
派遣社員個人の功績としては認められない。
この線の外に立ち続ける感覚は、何年経っても慣れない。
固定された世代構造
派遣社員の多くは、いわゆる就職氷河期世代だ。
バブル崩壊後の不況の中で、正社員になりたくてもなれなかった世代。
それでも働く道を選び、現場を支え続けてきた。
その上には、バブル期入社や実業団入社の社員たちがいる。
時代の追い風を受け、氷河期よりも苦労せずに正社員になれた人たち。
今では役職や安定した給与を持ち、
どっしりと上に座っている。
彼らの中には、人の良い上司もいる。
でも、時代の波に乗って安定を得た層が、
その下で働く世代の苦労を本当の意味では理解していないことも多い。
無自覚な優越感が、職場の空気をわずかに分けている。
正社員だけが受けられるセミナー(業務中に)、正社員だけの懇親会、正社員だけへのお知らせ、ボーナス、ボーナスのための個人面談、社員証についた色ー 無自覚な優越感は溢れている。
派遣社員は、正社員の優越感を得るための存在的役割まで果たしているようだ。
もちろん、すべての正社員が悪いわけではない。
でも、構造として「上の安定」が「下の不安」に支えられている。
そのことに無自覚なまま日々を過ごす人たちが多い。
無期雇用派遣の多くは、その間の“谷間”で生きている。
上にも上がれず、下にも抜けられないまま。
「負け組は他責思考だ」と言う人たちへ
「負け組は他責思考だ」
そんな言葉を、ネットでも現実でも聞く。
けれど、私は誰かを責めたいわけではない。
ただ、努力や誠実さが正当に報われない構造があることを、
黙って飲み込み続ける社会は、
いずれ静かに腐っていくのではないかと思う。
私たちは被害者ぶりたいのではなく、
ただ現場で何が起きているかを正確に語りたいだけなのだ。
「安定」とは、変化や希望を奪うことではない
制度を作った人たちは言うだろう。
「雇用が安定したではないか」と。
でも、安定とは“生活が守られること”であって、
“変化や希望を封じること”ではない。
無期雇用派遣という名の下で、
私たちは“安定した不遇”に閉じ込められている。
それでも、今日を生きる
派遣という働き方を選んだのは、当時の自分なりに最善の選択だった。
その選択が間違いだったとは思わない。
けれど、その道の先にこれほど厚い壁があるとは、
あのころの自分は想像もしなかった。
それでも働く。
働くことでしか、生活を守る手段がないから。
そして、いつか誰かがこの現実を知って、
少しでも「おかしい」と思ってくれたなら――
それだけで、少し報われる気がする。
文:灰色の派遣社員(氷河期世代・DTPオペレーター)
※この文章は実体験に基づいています。

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